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 作者・長崎源之助(1924〜)の兵隊生活に材をとった「八つぁん」「蠅」「鳩の笛」から成る戦争児童文学の短編集。全集「あとがき」によると、三人の「あほうたち」は戦争の中で煩悶し、かすかな希望にすがる作者自身の「心の擬人化」だと言う。戦争のヒューマニズムに流されるだけではない重みのある短編集である。
 「鳩の笛」は「あほう」の振りをし続けた上田二等兵の物語だ。「北支」へ配属された上田は初年兵の教育係である宮田上等兵に殴られることも、仲間から馬鹿にされることも厭わない。上田は「あほう」ならば危険な任務を与えられないと考えたのだ。作戦は成功し、上田はむしろ「あほう」振りが上官から気に入られ、危険な任務につくこともなかった。唯一厳しくあたるのは戦友を亡くしたばかりの宮田だった。上田は、宮田が実は朝鮮人であること、戦友は死んだのではなく投降したことを知るが、上官から口止めされる。孤独な宮田が心を開くのは中国人少年リャンだけだった。二人は鳩を飼いならし、宮田はリャンのために鳩笛を習ってくるほどだった。日本の敗戦後も国民党軍と共産八路軍との戦いが続いた。上田は自分があほうの振りをしていたことを宮田に見破られたため、上官から口止めされていた秘密を暴露してしまう。衝撃を受けた宮田は最後の大戦闘でリャンと共に投降し、自軍から撃ち殺された。一方、上田は捕虜生活でも「あほう」ぶりで成功し、帰国の行軍では唯一荷車に乗る。しかし極寒の行軍は体を温められるが、車上では冷えるばかりだ。上田は重病に陥り、祖国を目前に死んだ。死の直前の上田には宮田の鳩の笛が聞こえていた。
 上田の自己中心的な保身の術が皮肉な結果に終ることは単純な因果応報ではない。宮田の生き方、本物の「あほう」へと堕落していく自分へに葛藤する上田が丁寧に描かれているからだ。そこにあるのは生きるためには手段を選ばない戦場の狂気である。朝鮮人ゆえに日本兵として激しく自他共に律する宮田も狂気に翻弄された人間だ。ヒューマニズム豊かに戦争を語るのではなく、戦争の本質を見据えようとした点は、高く評価できる。ユーモアを交えた淡々とした文章で綴られているため、戦争の狂気はいっそう鮮やかになる。収録された他の2話についても同様であり、これは『あほうの星』の大きな特徴だろう。
 また、福田庄助の力強いタッチによる挿絵が戦争の哀しみや苦しみを浮き彫りにする一助となっている。
 本書は後に講談社文庫に収められ、幅広い読者層を獲得している。今日からみれば問題点もあるが、本作は戦争児童文学を書き続ける長崎の代表的な作品と位置付けられよう。

[解題・書誌作成担当] 小野由紀