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 戦後における歴史児童文学は1960年代以降にようやく確立していく。標題作「くろ助」は本能寺の変と黒人青年とを題材にした歴史児童文学で、来栖良夫(1916〜2001)が、戦後の歴史児童文学に大きく貢献した一作である。
 織田信長が天下の覇権を握りつつあった時代、宣教師から信長に黒人青年が献上された。当時の日本人は黒色人種など想像もつかないから、彼の出現に人々は好奇心いっぱい、大騒ぎとなった。青年は「カルサン弥助」、通称「くろ助」と名付けられ、信長のお馬廻りに任ぜられる。陽気なくろ助はよく働いた。信長の気ままな遠乗りにいつも一番に追いつく。館の人々に望まれれば芸も見せる。こうして主人信長ばかりか館の人々からも気に入られていく。実は、くろ助はアフリカでポルトガル人に捕らえられて奴隷となり、水夫として働かされ、日本に着くなり献上品として扱われたのだった。くろ助には周囲に気を配り懸命に生きることしか術がなかったのである。キリシタンの老武士伴太郎八は片足が不自由で出世もしていないが、そんなくろ助の境遇を思いやっている。本能寺に明智軍が攻めてくると、伴太郎八とくろ助も奮戦した。しかし信長の自刃による敗北後、伴太郎八は一人戦場に戻り、くろ助は命を助けられ南蛮寺に移される。前夜の疲れに横になると、夢に故郷アフリカの両親が現われ、くろ助は静かに涙するのだった。
 織田信長に仕える黒人青年という設定が斬新である。くろ助が家来として懸命に行動する姿はどこかちぐはぐでおかしく、一方でそうしなければ生きられない境遇が切ない。作者の筆はユーモアとペーソスにあふれ、運命に抗えない異国の青年の心情を巧みに描き出す。また周囲に信長や伴太郎八などの生き生きとした人物を配し、豪壮で異国情緒が漂う安土の町を背景としたことも、本作の味わいを深めている。本能寺の変という歴史的な事件を題材に、文学として十分に読ませる作品となった本作は、歴史児童文学の確立に大きく寄与したと言える。箕田源二郎による挿絵も豊富で、物語の世界をいっそう豊かにしている。
 本書は1969年度第9回日本児童文学者協会賞受賞作で、選評に「歴史小説とはいっても独自の境地を拓いていて、文章や人物の描写なども十分に魅力がある」(横谷輝)、「作品のもつ密度や純粋さという点でも、これはやはり他をしのぐところがある作品」(久保喬)と記されている。

[解題・書誌作成担当] 小野由紀